西鉄バスジャック事件の谷口誠一の現在は?2ちゃんねるのネオ麦茶?

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トレンドマーケッターENOです。
 
 
西鉄バスジャック事件”とは2000年の
ゴールデンウイーク5月3日に起きた
バス乗っ取り事件のことです。
 
実は犯人である谷口誠一少年は
事件を起こす前にネット掲示板
2ちゃんねる”にハンドルネーム
 
「 ネオむぎ茶 」
 
として犯行予告を書き込んでいたので
別名”ネオむぎ茶事件”って
呼ばれているんですね。
 
 
それでは早速
レビューしていきます。
 
 
 

西鉄バスジャック事件の一連の犯行とは?

 
 
西鉄バスジャック事件で犯人に
乗っ取られたバスは西日本鉄道
高速バス”わかくす号”でした。
 
 
ちなみにこのわかくす号の経路は
佐賀県佐賀市佐賀駅バスセンターから
 
福岡県福岡市の西鉄天神バスセンター行きの
バスだったんですね。
 
 
犯人が刃渡り32センチの牛刀で
バスを乗っ取ったその後、
翌朝に機動隊15名が突入して
犯人を逮捕しました。
 
 
途中で逃げた人もいましたが、死者1名、
重傷者2名を出し、日本のバスジャック史上、
初めて死者が出た事件となってしまいました。
 
 
実は事件から5年後に、
重症を負った被害者の山口由美子さんが
面会してある言葉を投げかけています。
 
 
そんな山口由美子さんの想いは
犯人に届いているのでしょうか。
 
 
 

西鉄バスジャック事件(ネオむぎ茶)の犯人の名前は谷口誠一?

当時犯人は17才の少年だったので、
事件当時に名前は公表されていませんが、
 
ネットでは名前は
谷口誠一”と言われています。
 
 
そんな谷口誠一の
生い立ちを調べてみました。
 
 
谷口誠一の父親は建設機械会社の
サラリーマン、母親は役所の保健士という
いたって普通の家庭だったみたいです。
 
 
ちなみに母親は雑誌に教育観を投稿したり、
子供に嬉しかったことを紙に書かせたり
する教育熱心な母親でした。
 
 
また谷口誠一は祖母から
”家を継ぐ人間”としての自覚を
叩き込まれて、
 
「 自分は特別な存在 」
 
という価値観を持つようになったとのこと。
 
 

【 小学校時代 】

谷口誠一は小学校の成績は
かなりの優等生でした。
 
しかし幼い頃から言動に落ち着きがなく
協調性に乏しく周囲に馴染めなかった
みたいですね。
 
 

【 中学校時代 】

中学校になるイジメの標的となってしまい、
成績は2年生まで学年2位でした。
 
しかしイジメがエスカレートして、
高校受験が近づくにつれ成績は落ち、
攻撃的な性格になっていきました。
 
そして自宅では母親を”貴様”と呼び、
 
「 この家の跡取りは僕なんだ 」
 
と言って両親に
命令口調で暴言を吐いたり、
 
物を投げつけたり
暴力をふるうようになったとのこと。
 
 

【 高校受験を目前に度胸試しで重症 】

そして中学3年生の1998年2月、
高校受験の目前の時の出来事です。
 
同級生たちが”高さ5m”の階段の
踊り場から飛び降りる度胸試しをして、
3人は着地に成功しました。
 
谷口誠一は初めは怖気付いていいましたが、
 
「 意気地なし!! 」
 
と煽られて飛び降りるも、
着地に失敗してしまい、
 
危うく半身不随になる重症を
負って入院してしまいます。
 
 

【 高校に入学するも引きこもり 】

高校に入学後はオリエンテーションで、
緊張して声を詰まらせてしまい、
同級生たちから笑われてしまいます。
 
そのため9日登校する不登校になり、
引きこもりの生活になってしまいました。
 
 

【 ”2ちゃんねる”にハマる 】

8月に親からパソコンを買い与えられると、
ネット掲示板2ちゃんねる”の書き込みに
夢中になり、
 
ハンドルネーム
 
「 ネオむぎ茶 」
 
として書き込みをする毎日を送ります。
 
 
 

谷口誠一は1泊2日の外泊許可が出て5月3日に帰宅

 
そして2ちゃんねるにハンドルネーム
ネオむぎ茶”で、
 
  ネオむぎ茶 ヒヒヒヒヒ 」
 
と書き込み、
森林公園にサイクリングに
行くと嘘をついて、
 
途中で牛刀を買ってリュックに忍ばせ、
佐賀駅バスセンターから12時56分発の
”わかくす号”に乗車して、
 
西鉄バスジャック事件”
を起こしたのでした。
 
 
実はもともとはバスジャックでなく
母校の中学校を襲う計画だったみたいです。
 
校舎の1階から各教室で生徒たちを襲って、
3階の教室に立てこもり、
 
マスコミの注目を浴びるなか
飛び降りるつもりだったとのこと。
 
 
しかし5月3日は
中学校が休みだったので、
 
急遽計画を変更して
西鉄バスジャック事件”
を起こしたのでした。
 
 

西鉄バスジャック事件】谷口誠一のその後、今現在は?

 
谷口誠一はその後、
”刑事責任能力の有無”を
確かめることになりました。
 
佐賀家裁は事件当時の責任能力
認めたものの、精神鑑定結果が
 
「 解離性障害や行為障害の症状 」
 
を指摘したのを受け、
解離した施設で日常的に
精神科医の観察が必要と判断しました。
 
 
そして2000年9月、5年以上の
医療少年院送致とする保護処分を下し、
 
10月2日に谷口誠一を
京都医療少年院に収容しました。
 
 
それから2006年1月、
22才で京都医療少年院を仮退院しており、
 
3月まで保護観察処分でしたが、
3月26日に保護期間が満了し、
正式に退院しています。
 
 
 

まとめ

 
今回は
西鉄バスジャック事件”について
調査してみました。
 
 
まだ17だった少年がバスジャックをして
死者まで出してしまう悲惨な事件と
なったわけです。
 
 
谷口誠一さんの動機としては
イジメ、家族のプレッシャーなど
が深く関係しており、
 
精神的にかなり不安定な
思春期を過ごしていたことが
原因だと思います。
 
 
確かに思春期をどう過ごすかによって
その後の人生に大きく影響が出ると
自分自身でも実感があるので、
 
これからはイジメや家族の
プレッシャーに耐えられない子供を
ケアする組織やサービスが必要に
なってくると実感しましたね。
 
 
これからの子供の未来を守るためにも
こうした問題とは一生向き合って
行かなければいけないなと思います。
 
 
トレンドマーケッターENO

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